Jobim e Ipanema

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よっぽどコルコバードの丘を愛していたのか、ジョビンのお墓からはコルコバードの丘が見えた。日本と違って、最低でも棺サイズ1個分が1つの墓のスペースになっていた。墓地は思っていたよりもざっくりした感じで、コンクリートの塊が並べられているといった雰囲気だった。何代も前の先祖からずっと同じ墓に祭られているような墓には、人々の写真が飾られていたり、装飾が施されていたりした。

ジョビンの墓は存外殺風景で、言われなければそれとはわからなかっただろう。この墓地には他にも様々な芸術家や著名人の墓があるそうだが、場所がらどこにだれの墓があるかを示すようなものは何もなかった。そっと手を合わせて静かにその場をあとにした。

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ジョビンが時々訪れて瞑想をしていたという木には警備員が配置されており、木の後ろ側へ回ると「ピーピー」と口笛を鳴らして警告された。この国では、人を注意するときにあまり大きな音を立てない。高い、小鳥のさえずりのような口笛で注意をひく。決して怒鳴ったりしない。相手を威嚇することなく、まずは視線で、静かにそれはやめてほしいということを伝えてくる。

なんでもかんでも言葉で説明して、シールやマニュアルがたくさんある日本や、すぐに大きな音を立てて力ずくで制するようなイメージのあるアメリカとは大違いのかなりスマートな印象を受けた。

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日曜日ともあって、イパネマ海岸は人でごった返していた。ジョビンがイパネマの娘を作曲したとされるレストランは意外にも海岸沿いにはなく、海岸から2、3本道を入ったところにあった。

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もっと気軽なバーかと想像していたがテーブルごとに担当のウエイターが付くようなレストランで、名物は鉄板で焼くステーキ。ほとんどの客がこれを注文していた。日本人が漠然と持っている「Bossa Nova」的な雰囲気からはかけ離れたメニューとボリュームで、そのギャップが何とも楽しい。評判というビールが進む食事だった。

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街中を歩いていると、そこかしこの塀に落書きなのかアートなのか、クオリティの高い絵が描かれているのが目に入る。リオだけでなくサルバドールでもサンパウロでも見かけた光景なので、これもブラジル人の国民性の一つなのだろう。目をペイントされた消火栓がまるでなにかのキャラクターのように後ろの絵とコラボレーションしていた。

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その夜は、Centro Cultural Cariocaへ出かけた。

木造の古い建物の2階に上がると体育館のような広いスペースが広がっている。奥にはステージ、手前にはバーカウンターがあって、両側の壁際に小さなテーブルとイスが並んでいる。窓際のテーブルに席を取って飲み物を飲んでいるとだんだんと人が増えてきた。そのうちCDで流れる音楽に合わせていくつかのペアが踊り始めた。

バンドが入る頃には、大勢の人でごった返していた。若いカップルもいれば、男性1人だったり、女性どうしだったり、年齢層も様々で、所狭しとペアダンスが始まった。バンドはこのダンスを盛り上げるように演奏する。若い女の子がベテランの男性ダンサーに声をかけられて喜んでいる。時々相手を替えながら踊る人や、一緒に来たパートナーと踊っているペアなど本当に様々だ。そしてみんな、身のこなしがなんとも優雅に見えた。昼間の警備員の警告の仕方と、夜のペアダンスにラテン文化の洗練された部分を垣間見た思いがした。

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